副業・兼業制度がグループホームで注目される理由
認知症グループホームの現場では、慢性的な人手不足に加えて職員の定着が経営課題になっています。給与水準や勤務時間の柔軟性を理由に離職する職員も少なくありません。こうした中、副業・兼業を認めることで職員の収入補完や経験の幅を広げ、結果として本業への満足度や定着につなげようとする動きが介護業界にも広がっています。
厚生労働省は平成30年に副業・兼業の促進に関するガイドラインを策定し、その後も改定を重ねています。ガイドラインでは、原則として労働者が副業・兼業を行うことができる旨を示し、企業側が就業規則で合理的な制限を設ける場合の考え方を整理しています。GHにおいても、制度を導入する前にこのガイドラインの内容を理解しておくことが出発点になります。
労働時間通算の基本ルールはどうなっているか
副業・兼業を認める際に最も実務上の負担が大きいのが労働時間の通算です。労働基準法38条では、事業場を異にする場合においても労働時間に関する規定の適用については労働時間を通算する旨が定められています。つまり、職員が本業のGHで勤務した時間と副業先での勤務時間は合算され、法定労働時間である1日8時間、週40時間を超える部分については割増賃金の支払い義務が発生します。
この通算義務は、副業先が別法人であっても適用されます。GHの管理者としては、職員が副業を行う場合に本業と副業のどちらが時間的に後から労働契約を締結したかによって割増賃金の負担者が変わる点も含めて、事前に整理しておく必要があります。
通算管理の実務では、職員からの自己申告に基づき、副業先での労働時間を把握する運用が一般的です。厚生労働省のガイドラインでは、労働者からの申告を前提とした簡便な労働時間管理の方法も示されているため、GHの実情に合わせて申告様式を用意しておくとよいでしょう。
就業規則にどう規定するか
副業・兼業を認める、または一定の条件で認める場合は、就業規則にその旨を明記する必要があります。厚生労働省のモデル就業規則では、副業・兼業に関する規定例として次のような構成が示されています。
- 労働者は勤務時間外において他の会社等の業務に従事することができる旨
- 事前に所定の届出を行うことを条件とする旨
- 会社の労務提供上の支障がある場合や企業秘密が漏洩する場合等は禁止または制限できる旨
GHの場合、利用者の個人情報や介護記録に関する守秘義務が強く求められるため、副業先が同業種である場合の情報管理についても規定に盛り込むことが望ましいといえます。就業規則を変更した場合は、常時10人以上の労働者を使用する事業場では労働基準監督署への届出が必要になる点も確認しておきます。
導入手順のチェックリスト
副業・兼業制度を導入する際は、次の項目を順に確認していくと抜け漏れを防げます。
- 現行の就業規則に副業・兼業を禁止する規定がないか確認したか
- 許可制にするか届出制にするか方針を決めたか
- 労働時間の申告様式を用意したか
- 通算後の割増賃金の負担者について整理したか
- 情報管理や利用者の個人情報保護に関する規定を追加したか
- 労災保険における複数事業労働者への対応を確認したか
- 変更後の就業規則を労働基準監督署へ届け出たか
- 職員向けの説明会や周知資料を用意したか
これらを一つずつ確認しながら進めることで、制度の運用開始後にトラブルが起きるリスクを減らすことができます。
定着率向上にどうつながるか
副業・兼業を認めることが直接的に離職を防ぐという因果関係を示す公的統計は現時点で確認できませんが、厚生労働省のガイドラインでは、副業・兼業を行う労働者の目的として収入の補完のほか、自身の能力を活かしたいという意欲や、将来の起業やキャリア形成に向けた経験の蓄積が挙げられています。GHの職員にとっても、他分野での経験を積むことで視野が広がり、本業への意欲維持につながる可能性があります。
一方で、副業による過重労働が本業のパフォーマンス低下や体調不良を招けば、かえって離職リスクを高めることにもなりかねません。制度を導入する際は、労働時間の上限管理や健康管理の仕組みとセットで設計することが欠かせません。
導入時に注意すべきリスク
副業・兼業制度を運用する上での注意点を整理します。
-
労災保険の適用範囲 複数の事業場で働く労働者が業務上のケガや疾病を負った場合、労災保険の給付額は複数の事業場の賃金額を合算して算定される仕組みになっています。副業先でのケガであっても、本業のGHが労災保険料を追加負担することはありませんが、労災請求の手続きにおいて本業側の協力が必要になる場合があります。
-
情報管理の徹底 介護記録や利用者の個人情報を扱う職員が同業種で副業を行う場合、情報の持ち出しや漏洩リスクが高まります。就業規則に守秘義務の範囲を明記し、誓約書を取得するなどの対応が必要です。
-
シフト管理の複雑化 副業の勤務日時を把握しないままシフトを組むと、過重労働や勤務間インターバルの不足が生じる可能性があります。副業の予定を事前申告制にし、シフト作成時に反映させる運用が求められます。
まとめ
副業・兼業制度の導入は、労働基準法上の労働時間通算ルールを正しく理解し、就業規則に明確な規定を設けることが前提になります。許可制か届出制かの方針決定、労働時間の申告様式の整備、情報管理や労災対応の確認まで、導入前に一通りのチェックを済ませておくことがトラブル防止につながります。定着率向上への効果を過信せず、健康管理とセットで運用することが、GH経営における現実的な進め方といえるでしょう。
出典
- 厚生労働省 副業・兼業の促進に関するガイドライン https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html
- 厚生労働省 モデル就業規則 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000117194.html
- 労働基準法(e-Gov法令検索) https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000049