複数のグループホームを運営する法人が増える中で、多店舗展開のスケールメリットという言葉が経営会議でよく使われます。しかし実際には、拠点を増やせば自動的に利益率が上がるわけではありません。介護保険制度の人員配置基準は事業所単位、あるいはユニット単位で定められており、共有できる業務とできない業務がはっきり分かれています。本記事では、認知症対応型共同生活介護の人員基準をもとに、多店舗展開でスケールメリットが働く領域と働きにくい領域を整理し、収益構造を考える際の判断材料を示します。
多店舗経営でスケールメリットはどこに生まれるのか
スケールメリットとは、事業規模が大きくなることで単位あたりのコストが下がる効果を指します。介護事業においても、次のような業務は拠点数が増えるほど一件あたりのコストが下がりやすい性質を持っています。
- 採用広告の出稿、求人媒体の契約
- 新人研修や接遇研修のカリキュラム開発
- 介護記録システムや請求ソフトの導入
- 感染対策マニュアル、身体拘束廃止委員会の運営資料の整備
- 税理士、社会保険労務士など外部専門家との顧問契約
これらは利用者数や事業所数に比例して増えるコストではなく、一度整備すれば複数拠点で使い回せる性質の業務です。拠点が1つのときはすべて自前で用意する必要がありますが、拠点が増えるほど一拠点あたりの負担は相対的に軽くなります。
一方で、介護保険サービスの収益を左右する最大の変数は人件費であり、これは人員配置基準によって拠点ごとに固定的に発生します。ここがスケールメリットの効きにくい領域になります。
認知症グループホームの人員配置基準を拠点間でどう考えるか
指定地域密着型サービスの事業の人員、設備及び運営に関する基準では、認知症対応型共同生活介護の人員配置について職種ごとに要件が定められています。多店舗展開を検討する際は、この基準を職種ごとに共有可否で分類して整理することが出発点になります。
代表者要件
代表者は法人全体、あるいは事業の設置運営の責任主体として位置づけられており、認知症ケアに関する知識や保健医療福祉事業の経営経験、または厚生労働大臣が定める研修の修了が求められます。代表者は拠点ごとに別人を置く必要がなく、法人単位での関与が前提となるため、複数ホームを展開しても代表者機能は共有できます。この点はスケールメリットが明確に効く領域です。
管理者要件と兼務の扱い
管理者は、3年以上認知症ケアの実務経験があり、厚生労働大臣が定める研修を修了した者であることが求められ、原則として専従とされています。ただし、管理上支障がないと認められる場合には、同一敷地内にある他の事業所の職務等との兼務が認められる取り扱いがあります。つまり管理者は完全に拠点をまたいで一人が何カ所も統括できる職種ではなく、兼務が認められるとしても限定的です。多店舗展開をスケールメリットの観点だけで語ると、ここで現実との乖離が生まれやすくなります。
計画作成担当者の配置
計画作成担当者はユニットごとに1名以上の配置が必要とされ、うち1名以上は介護支援専門員であることが求められます。この職種は拠点をまたいだ共有を前提とした基準にはなっておらず、ユニットが増えるほど必要人数も増えていきます。拠点展開によるコスト圧縮効果はほとんど期待できない職種です。
介護従業者と夜間支援従事者
介護従業者は利用者3人に対し1人以上の配置が必要であり、これは事業所の利用者数に連動する変動費的な性質を持ちます。夜間についても1ユニットごとに夜間支援従事者を1人以上配置する必要があり、ユニット数が増えれば夜勤人員もそれに比例して必要になります。ここは規模の経済がほぼ働かない領域であり、拠点を増やしても一人あたりの人件費負担は軽くなりません。
本部機能の集約で削減できるコストとは何か
よくある例として、複数ホームを運営する法人では、採用担当者や研修担当者、請求事務の担当者を本部に一本化し、各ホームの管理者が現場運営に専念できる体制を作る動きがあります。このように利用者数に比例しない管理部門の業務を本部に集約することで、拠点ごとに同じ作業を重複して行う無駄を減らせる可能性があります。ただし、これは法人ごとの組織設計や業務分担の工夫によるものであり、具体的な削減額やコスト削減率を一律に示せる公的データは存在しません。導入を検討する際は、自法人の現状の業務分担を棚卸しし、どの業務が本部に集約できるかを個別に検証する必要があります。
スケールメリットが働きにくい領域はどこか
収益構造を分析するうえで見落とされがちなのが、人件費の大半を占める介護職員と夜間支援従事者の配置は、拠点数に比例して必要人数が増え続けるという点です。前述のとおり、介護従業者は利用者3人に対し1人以上、夜間支援従事者はユニットごとに1人以上という基準があるため、ホームを増やすこと自体がそのまま人件費の総額を押し上げます。多店舗展開による収益改善を期待する場合は、人件費以外の固定費や間接コストをどれだけ圧縮できるかが鍵になります。逆に言えば、本部機能の整備が不十分なまま拠点だけを増やすと、管理部門の業務量が拠点数に比例して膨らみ、スケールメリットどころか管理コストの増大を招くリスクがあります。
複数ホーム展開を検討する際のチェックリスト
拠点展開の計画段階で、次の項目を確認しておくことをおすすめします。
- 代表者、採用、研修、請求事務など本部に集約できる業務を洗い出したか
- 新設拠点の管理者を専従で確保できる見込みがあるか、それとも兼務での運用を想定しているか
- 兼務を想定する場合、同一敷地内であるかなど基準上の要件を満たしているか
- ユニットごとの計画作成担当者、介護支援専門員の確保計画があるか
- 夜間支援従事者の採用計画は、ユニット数の増加に合わせて立てられているか
- 本部機能の人件費と、拠点展開で見込む間接コスト削減効果を比較検討したか
- 既存拠点の運営データ(稼働率、職員定着率など)をもとに新規拠点の収支計画を立てているか
まとめ
多店舗展開のスケールメリットは、代表者機能や採用、研修、請求事務といった本部業務に集約できる領域では確かに働きます。一方で、管理者は原則専従であり、計画作成担当者はユニット単位、介護従業者と夜間支援従事者は利用者数やユニット数に比例して必要になるため、人件費の中心部分では規模の経済がほとんど働きません。複数ホーム展開を検討する際は、人員基準にもとづいてどの業務が拠点をまたいで共有できるのかを先に整理し、そのうえで本部機能の集約による効果と、拠点ごとに必ず発生する人件費の増加分を分けて試算することが、現実的な収益構造の把握につながります。
出典
- 指定地域密着型サービスの事業の人員、設備及び運営に関する基準(厚生労働省令第34号) https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=418M60000100034
- 厚生労働省 介護事業経営実態調査 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/125-1.html